日本公認会計士協会 準会員会

活動報告(近畿)

人間心理から考える企業会計勉強会報告

 

人間心理から考える企業会計

日本公認会計士協会準会員会近畿分会

幹事 小西隆明

 

はじめに

 日本公認会計士協会準会員会近畿分会では、平成26年9月27日に近畿会研修室にて「人間心理から考える企業会計」と題した勉強会を開催致しました。

 当勉強会では、田口聡志先生(同志社大学商学部教授・商学博士・GTM総研株式会社取締役・株式会社スペース社外監査役)をお招きし、人間の心理と企業会計の関係について御講演頂きました。

 

勉強会の内容

 当勉強会では第1部で人間心理と企業会計の関係について概要を解説して頂き、第2部でゲーム理論の実験、勉強会の最後には質疑応答が行われました。

第1部

1.なぜ人間心理なのか

21世紀に入ってから経済学では、行動経済学の研究がノーベル経済学賞を受賞、ゲーム理論とマーケティング理論・ファイナンス理論の融合等、人間の存在に着目した研究が相次いでいます。背景には、伝統的経済学により設計された「制度」が失敗・疲弊しているとの批判があります。現実の人間は伝統的経済学が前提としてきた様な完全合理的ではなく、限定合理的であり、そのことを前提とした制度設計が必要とされています。

 会計学の分野でも同じ問題があります。伝統的会計学では、利益は無色透明なもので人間は合理的・中立的ないしはその存在を前提とされていません。会計分野で制度の失敗とは「不正会計」問題であります。不正会計の原因は「人間の存在を捨象していた」・「無色透明な人間像を前提としていた」ためではないか、そのような問題意識から会計の分野でも人間心理に着目した研究が進んでいます。

 2.研究の手法:心理会計学

形の無い人間の心を捉えるにはどうすれば良いのか?人間の心を捉えるには「実験」という手法が有効です。実験とは「他の条件は一定にして、ある1つの独立変数だけを実験操作によって変化させ、従属変数の変化が仮説どおりに起きるかどうかを調べるための手法」と定義されます。一言で言うならば実験とは「比較」することです。

勉強会では具体例として、投資意思決定における関与のエスカレーション効果と財務諸表のフレーミング効果について解説頂きました。前者は投資責任の有無と業績の好不調の4通りのシナリオで意思決定の実験をすると、業績低迷時かつ投資責任有りの場合に投資額が統計的に有意に増加するというものです。これは過去の投資失敗が自己の責任である時に、過去の投資を正当化してさらに投資をエスカレートさせてしまう、という人間心理が意思決定に影響を与える例です。後者は同一の経済実態でも会計情報の形式が違うと、形式によりアナリストの意思決定が変わってしまうというものです。

 3.実験制度会計論

心理会計学は監査人と素人の違い、即ち監査人は会計不正を見抜く能力があるのかと言う問題に着目して研究されていました。しかしエンロン事件以降は会計不正の発生原因や制度設計・内部統制や企業倫理といった制度に着目した研究が行われています。エンロン事件の研究から、経営者や監査人の能力等よりもインセンティブ問題が重要であり、また人間同士の関係性が意思決定に与える影響も重要であることが分かっています。

 勉強会では内部統制監査制度と企業倫理規定の例を解説して頂きました。実験によると、内部統制監査制度を導入すると全ての経営者が内部統制を強化するため、経営者のタイプを見分ける唯一のシグナルが意味をなさなくなる結果、相手のタイプに応じた効果的・効率的な監査が出来なくなるとの示唆が得られます。倫理規定の実験では、倫理規則の存在が投資家の期待を高めるが経営者の不誠実な行動で期待が裏切られ、投資家と経営者の相互不信の悪循環の恐れが示唆されます。

 4.考えてみよう:理論と実務の「距離感」は縮まるか?

理論家と実務家の立場についても解説して頂きました。実験研究は、制度施行前に事前検証が可能である、心理プロセスをデータで語る事が出来る、そもそも論に戻って会計・監査とはなにかという問題にも対処可能であるといった利点がります。

 実務家サイドからは、「かくあるべし(規範)」論への違和感や「会計の個別具体性と普遍性」への違和感が指摘されています。それを踏まえ理論家の要検討事項は「かくあるべし(規範)」論からデータでの説明への脱却と、一般的傾向と個別具体性のバランスであるとのことです。

第2部

 勉強会後半では、勉強会参加者の方々にゲーム理論の実験に参加頂き問題の解決法を議論・発表して頂きました。実験では公共財供給ゲームを取り扱いましたが、これはゲーム理論の一種で、フリーライダー問題を扱います。公共財への拠出は個別勘定であるが、公共財からの利益は個人の拠出額に比例せず頭割りになるという場合、各自は拠出せず利益にただ乗りするのが合理的になってしまう問題です。実験では一般的な実験結果よりフリーライダーが少ない傾向となったのが特徴的でした。またフリーライダーへの対処法に懲罰的に望むか貢献者に褒賞等で報いるかの2種類があり、後者の方が効果的ではないかとの研究が出ているとのことです。フリーライダー問題は業界全体への貢献と業界人個人の利益にも当てはまり、会計士業界に当てはめて考えることも出来るとの事でした。

 

終わりに

 人間心理と会計というマイナーな分野の勉強会でしたが、アンケートでは未知の分野で刺激になった、心理的な問題を数値化して実験する所に魅力を感じた等の感想を頂きました。また心理会計学の翻訳書を購入された参加者の方もいらっしゃいました。

 今回講師を引き受けて頂いた田口聡志先生を始め、勉強会にご参加頂いた皆様、そして勉強会の準備をして頂いた皆様に準会員会一同厚く御礼申し上げます。今後も日本公認会計士協会準会員会近畿分会は様々な勉強会を企画して参りますので、皆様のご参加を心よりお待ちしております。

 

以上

 

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