日本公認会計士協会 準会員会

活動報告(全国)

2024年度海外視察レポート

はじめに

 2024年11月25日から11月30日にかけて実施したオーストラリアの会計士業界における現地調査について報告する。本調査は、日本の会計士業界が直面する主要課題である女性会計士比率の向上、労働環境の改善、会計士の能力開発について知見を得ることを目的として実施された。調査では、CA ANZ(Chartered Accountants Australia and New Zealand)、CPA Australia、Deloitteシドニー事務所、Grant Thornton、およびJETROシドニー事務所を訪問し、各組織の取り組みや現状について詳細な聞き取りを行った。

 

第1章 女性会計士の活躍推進

第1節 オーストラリアの現状と特徴

 オーストラリアの会計専門職において、女性の活躍は目覚ましい。CA ANZの会員における女性比率は約44%1に達しており、これは日本における公認会計士の女性比率16.3% 2と比較すると極めて高い水準である。

 この高い水準を達成している要因として、多様性に関する意識を日常的に喚起し、継続的に確認する組織文化を挙げることができる。オーストラリアでは、社会全体が多様性を尊重する価値観を共有しており、それが会計専門職の分野においても反映されていると言えるだろう。具体例として、アボリジニの人々への謝辞表明「Acknowledgement of Country」が挙げられる。これは、オーストラリアの先住民であるアボリジニとトレス海峡諸島民の伝統的な土地所有を認め、敬意を表す言葉であり、CA ANZのプレゼンテーション冒頭やCPA Australiaのウェブサイト、NSW President’s Dinnerなど、様々な場面で頻繁に目にすることができた。このように、オーストラリアでは、日常的に多様性を意識する機会が設けられており、それが自然と人々の意識に浸透していくことで、女性を含む多様な人材が活躍しやすい環境が形成されていると考えられる。

 さらにオーストラリアでは、女性の活躍を推進するために、Equality(平等)ではなくEquity(公平)という概念を重視している。 Equityとは、個人の事情に合わせて必要なサポートを提供することで、すべての人が同じスタートラインに立てるようにするという考え方である。 これは、多様な人材が活躍できる環境を作る上で重要な考え方と言えるだろう。

 また、オーストラリアの上場企業では、公認会計士の女性CEOや役員が数多く活躍している。例えば、カンタス航空のバネッサ・ハドソンCEOや、Telstraのヴィッキー・ブレイディCEOは、いずれも公認会計士の資格を持つ女性リーダーである。こうしたロールモデルの存在は、会計士を目指す女性にとって大きな励みとなり、キャリアパスの選択肢を広げる効果をもたらしていると考えられる。

 加えて、オーストラリア統計局(ABS)及びオーストラリア準備銀行(RBA)の報告によると、2024年第2四半期の消費者物価指数(CPI)は前年同期比2.8%3上昇(前期比0.2%3上昇)を記録している。インフレ率のピーク(2022年第4四半期)は越えたものの、インフレの高止まり又は上昇が続いている状況下で、片働きでは生活維持が困難な経済環境となっている。このことも女性の就労意欲を高め、会計士として活躍する女性が増加する要因の一つとなっている。

 

第2節 日本への示唆

 これらの調査結果から、日本の会計士業界への重要な示唆が得られる。第一に、多様性の問題を女性比率という単一の指標に限定せず、より包括的な視点で捉え直す必要性が浮かび上がる。オーストラリアの事例が示すように、ジェンダーの問題は、より広範な多様性推進の文脈の中で効果的に解決されうる。組織の多様性がもたらす具体的な価値創造について、明確なビジョンを示し、構成員一人一人の理解と納得を得ることが重要である。

 また、日本公認会計士協会は既にウェブサイト上で女性会計士の活躍を定期的に発信するなど、ロールモデルの可視化に取り組んでいる。これらの既存の取り組みを基盤としつつ、さらに発展させる施策として、女性会計士同士のメンタリングプログラムの構築や、リーダーシップ育成に特化したキャリア支援プログラムの導入が考えられる。特に、若手からミドルキャリアの女性会計士に対して、具体的なキャリアパスの提示とそれに応じた段階的な支援を行うことで、より多くの女性がリーダー職を目指しやすい環境を整備することができるだろう。

 さらに重要な課題として、日本における取り組みの体系化と情報開示の充実が挙げられる。現状では、女性比率の推移と目標値は公表されているものの、目標達成に向けた具体的施策の詳細や、各施策の効果測定結果、改善への貢献度分析、継続的なモニタリング結果などの情報開示がない。この課題に対しては、日本公認会計士協会が中心となり、業界全体として体系的なアプローチを確立することが求められる。

 具体的には、DEI(多様性・公平性・包摂性)とインクルーシブ・リーダーシップに関する包括的な取り組みフレームワークの構築が必要である。これには、経営層による明確なコミットメントの表明、実現に向けた戦略的なロードマップの策定、女性の昇進に関する具体的な数値目標の設定とその進捗の定期的な測定・報告が含まれる。さらに、採用から定着、昇進に至るまでの一貫した人材育成プログラムの確立、賃金格差の是正、ワークライフバランスの確保など、具体的な施策の実施とその効果測定を徹底することが重要である。

 オーストラリアの「Acknowledgement of Country」のように、多様性への意識を日常的に喚起する具体的な施策の導入も検討に値する。例えば、会計士協会の公式行事や準会員会の幹事会において、多様性尊重の宣言を行うことや、定期的なダイバーシティ研修の実施などが考えられる。重要なのは、こうした取り組みを形式的なものにとどめず、組織文化の本質的な変革につなげていくことである。

 このように、オーストラリアの事例から学ぶべきは、数値目標の達成にとどまらない、より本質的な組織変革のアプローチである。日本の会計士業界が直面する課題に対しては、女性比率の向上という目標そのものの意義を問い直しつつ、より包括的な多様性推進の文脈の中で解決策を模索していく必要があるだろう。特に重要なのは、具体的な施策の実施とその効果測定、そして継続的な改善サイクルの確立である。業界全体として統一的な取り組みを推進することで、より効果的な改革を実現することができるはずである。

 

第2章 労働環境

第1節 オーストラリアの現状と取り組み

 オーストラリアの監査法人における残業時間が日本に比べて短いのは、いくつかの要因が複合的に作用しているためである。

 まず、労働制度に注目すると、オーストラリアの多くの監査法人ではみなし残業制を採用しており、残業時間の増加が直接的な収入増加につながらない仕組みとなっている。これは定時までに業務を終えようとするインセンティブとして機能する一方で、「割に合わない」という認識から、入職後3年程度での離職につながるケースも少なくない。

 さらに、2024年に施行された「つながらない権利」4に関する法律も要因の一つである。この法律により労働時間外に業務上の連絡を受けることを拒否する権利が法的に保護されることになる。そしてオーストラリアの公正労働委員会(FWC)の命令に従わない場合、最大で約915万円の罰金が科される可能性がある。このように労働基準を守らない場合のペナルティ制度が日本よりも充実しており、法的な観点からも長時間労働の抑制が図られている。業務遂行における文化的差異も顕著である。オーストラリアではファミリーファーストの考えが強い。例えば週末に家族との時間を過ごすため、金曜日の午後以降の会議は避けられ、各個人の業務を終わらせることに集中する傾向にある。

 さらにオーストラリアの業務文化において特筆すべき点は、締切や時間管理に対する柔軟な姿勢である。例えば、タスクが当日中に完了しない場合でも、実際に先方が確認するのは翌日以降となる可能性が高いと判断すれば、残業を避けて翌朝に完了させるアプローチが一般的に受け入れられている。

 また、クライアントが抱えている問題を会計士に相談するタイミングも日本より遅い傾向にあるという。日本は問題を早期に発見し事態を悪化させないことや時間を守ることを重視するが、オーストラリアでは自分のペースを乱さないことを優先させる文化が存在する。

 一方で、オーストラリアの監査法人も日本と同様に人材不足という課題に直面しており、SNSを活用した採用戦略や会計士制度の緩和、外国人材へのビザサポートなど、様々な対策を講じている。移民の受け入れも、人材不足を補い、残業時間を抑制する上で重要な役割を果たしている。

 

第2節 日本への示唆

 管理会計の品質適合コストと品質不適合コストのトレードオフ理論に照らすと、オーストラリアは品質コストの総和の最小化を志向する一方で、日本は品質不適合コストの最小化を重視する傾向がある。この違いは労働時間の差異を生む一因となっているが、より本質的な問題は、日本における労働者保護法制の実効性の低さにある。

 オーストラリアの事例が示すように、長時間労働の是正には、明確な基準と実効性のある罰則を伴う法的枠組みの確立が不可欠である。現在の日本の労働法制は、違反に対する制裁が比較的軽微であり、抑止効果が十分ではない。また、労働基準監督署の人員不足や企業側の法令遵守意識の低さも相まって、法律の実効性が担保されていない。文化的な価値観の違いを考慮しつつも、労働者の基本的な権利を守るための法的基盤の強化は避けては通れない課題である。さらに、オーストラリアのように「つながらない権利」を法制化するなど、デジタル時代に対応した新たな労働者保護の枠組みの整備も急務である。

 日本の会計士業界も、将来的にはオーストラリアのように人材不足に陥る可能性がある。そのような状況に備えるためには、外国人の人材を活用することや、シンガポールなどの国との資格の相互認証を行うことが考えられる。また、会計士のイメージ向上に取り組み、若者の興味を引きつけることも重要である。

 

第3章 会計士の能力開発

第1節 オーストラリアの現状と取り組み 

 オーストラリアの会計士資格取得制度は、CA ANZ、CPA Australia、IPAの3つの会計士協会によって運営されており、各協会が独自のカリキュラムと能力開発プログラムを展開している。この複数協会体制により、現代のビジネス環境の変化に応じて、カリキュラムや教育内容を柔軟に更新できる利点がある。実際に、デジタルファイナンス、AI、グローバル戦略とリーダーシップなど、現代的なビジネス環境に適応した科目が迅速に導入されている。オーストラリアの会計士育成は、Technical、Personal、Leadership、Businessの4つの側面から総合的にアプローチされている。Technical面では従来の会計・監査スキル、Personal面ではCritical ThinkingやAdoptive Mindset、Leadership面ではStory TellingやCommunicationスキル、Business面では産業知識や戦略的思考力に加えTechnology Fluencyの向上を重視している。

 一方で、教育費用の高騰を背景に、従来の大学での3年間の学士号取得要件の見直しが検討されている。また、オーストラリアでは会計士の認知度が低く、退屈な仕事という印象が強いため、会計士のコースを専攻する学生が減少している。それらの対策として、若者の興味を引くためにYouTubeでPR動画を投稿するなど、会計士のイメージ向上に取り組んでいる。

 

第2節  日本への示唆

 日本の会計士育成制度は、法律に基づいて実施されているため、カリキュラムや科目の変更には法改正が必要となり、環境変化への即応が難しい構造となっている。例えば、AIやデジタルファイナンス、リーダーシップなどの現代的なスキル育成を公認会計士試験や実務補習所のカリキュラムに迅速に反映することは容易ではない。

 しかし、この制度的な制約を補完する取り組みも可能である。例えば、AI倫理のような新しい分野について、実務補習所のカリキュラムには即座に組み込めなくとも、監査法人の研修プログラムで必須科目として設定することで対応できる。このように、制度上のカリキュラムと実務研修を効果的に組み合わせることで、環境変化への適応を図ることが可能である。特に、日本の会計士育成においては、Technical面に偏重しがちな現状から、Personal、Leadership、Businessの各面でもバランスの取れた人材育成を目指すべきである。制度上のカリキュラムと実務研修を効果的に組み合わせることで、現代のビジネス環境が要求する多面的なスキル開発を実現していく必要がある。

 

おわりに

 本調査を通じて、オーストラリアの会計士業界における取り組みが、単なる数値目標の達成や特定の属性に焦点を当てた改革を超えて、より本質的な組織変革として位置づけられていることが明らかになった。文化的差異への理解を深めつつ、それぞれの社会に適した形で改革を進めていくことが重要である。特に日本においては、既存の施策の価値を認めながらも、より日常的な意識醸成の機会を創出し、多様性への認識を組織文化として定着させていくことが求められる。本調査の結果が、そうした本質的な改革の一助となることを期待するとともに、今後も継続的な国際交流を通じて、相互の発展に寄与していきたい。

 

CA ANZ,2023,”Gender Equity Charter and Playbook”,

https://www.charteredaccountantsanz.com/tools-and-resources/practice-management/diversity-equity-inclusion/gender-equity-charter-and-playbook( 2024-12-11アクセス)

 

2   日本公認会計士協会,2024,「2023 年 12 月末現在会員女性比率データ」

https://jicpa.or.jp/cpainfo/introduction/cpa_women/news/files/202312-01.pdf

( 2024-12-11アクセス)

 

3   JETRO,「オーストラリア概況と日系企業の進出動向」,2024年

 

 BBC,2024、”Australians get ‘right to disconnect’ after hours”,

https://www.bbc.com/news/articles/c5y32g7203vo(2024-12-11アクセス)

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