林 總氏
LEC会計大学院教授。
株式会社林總アソシエイツ、公認会計士林總事務所代表。
日本原価計算学会会員。
Pricewaterhouseに勤務後、中小監査法人に移り監査業務と管理会計のコンサルティングに従事。
主な著書に『餃子屋とフレンチどちらが儲かるか』、『世界一分かりやすい会計の授業』 等。
『餃子屋とフレンチどちらが儲かるか』『世界一分かりやすい会計の授業』 執筆
林 總氏 インタビュー
LEC会計大学院教授。株式会社林總アソシエイツ、公認会計士林總事務所代表。日本原価計算学会会員。Pricewaterhouseに勤務後、中小監査法人に移り監査業務と管理会計のコンサルティングに従事。
●監査が嫌だった
自分のしたかった仕事じゃない、一生これで良いのかって悩んでいました。今でも僕のテーマになっている「利益って何だろう?」「会計で、ほんとうに企業の実態を表せるのか」といったことを、ずっと考えてきました。僕の感覚では、財務諸表は会社の実態をせいぜい2,3割程度しか表現していないと思う。会計士補の頃、そんな財務諸表の監査をこの先ずっとしていて良いのかな?って思っていたんです。
●勉強した知識が使えない
そんな時にクライアントから原価計算システムの導入の依頼がありました。当時は会計士事務所もコンサルができたので僕が手を挙げました。
原価計算システムなんて簡単に導入できるだろうと思っていました。けど全然違いましたね。勉強していた知識が全く使えなかったんです。
その理由は、原価計算のテキストを書いている人が現場を知らないからです。例えば、総合原価計算。完全にどんぶり計算ですよね。費目別、部門別、製品別とあるけど、総合原価計算では製品別原価までは計算しない。部門別計算と仕掛品を評価して、足して引いて、完成品原価を出しています。インプットコストしか捕らえてなくて、それをアウトプットコストに変換するために、仕掛品金額を計算する仕組みなんです。でもテキストを見ると、正しい製品原価が計算できるとか、原価管理ができるとか、すごく立派なことができる印象を受けるんですよね。あと、部門費の配賦計算を細かくすれば、あたかも製品原価を正しく計算できるように書いている。あれは全く間違いです。そんなことは出来るはずがない。工場の現場をみれば、容易にわかることです。
●なぜ知識(総合原価計算)が使えないのか
事務機器の部品加工~組み立てをやっていた会社に組別総合原価計算を入れたんです。全ての能力を注ぎ込んで、3年かけて作りました。システムが完成した時、経理担当役員には「良くやってくれたね」と喜んでもらいましたけど、製造担当の役員からは「こんなもん使えない」と言われました。当時は何を言っているんだと思いましたね。
でも、実際に使い物にならなかった。なぜなら製品原価見ても、要素に分解できないからです。例えば、自動車は、ボディーがあって、エンジンがあって、ガラスがあって、それらを組み立て、塗装して、検査するといった色んなプロセスを経てできています。この製品原価を分析するには、その構成要素、つまり、すべての使用部品、作業プロセス、そのプロセスで行われる活動時間に分解できないといけない。分解できないと、原価が高いときには何が問題か、どこの工程で、どんな作業ミスがあって高くなったのか分からない。でも総合原価はどんぶり計算だから分析しようがないんです。
製造担当役員の言ったことがだんだん分かってきました。それで、生産管理の勉強を始めた。そこに答えがありました。
●「使える」原価計算システムを作り上げる
一念発起して、自分で一から原価計算システムのロジックを組み上げました。それは、皆さんが勉強した「ロット別個別原価計算」です。ロット別に、原価を要素別に物量(数量と時間)を収集する仕組みを作りました。運よく、それを導入することになりました。その会社は3つの工場を持つ、売上200億円程の電子部品メーカーでした。そのうちひとつの工場が毎月5000万円の赤字を出していました。そこで、ロット別原価計算の結果を元に、問題を見つけて、設計図と突き合わせて、問題が起きた工程を見に行く。そして、実際に問題個所を修正する・・・。そうすると、あっという間に5000万円の黒字になったんです。大成功でした。
自信を持ちました。その時、会計は会計単体では機能しない、会計数値から業務に遡れなくてはダメだ、と分かったんです。
●原価計算の面白さ
原価計算の面白さは自分で設計できることにありますね。原価計算理論はあくまでもフレームワークで、どのような原価情報を収集して、経営者に報告するかは、経営者と設計者が決める。
原価を下げるには感度を考慮することが大事です。つまり、同じ努力をしても一気に1億円下がる原価と、全然下がらない原価があります。だから、感度の良い所を探して、そこをコストドライバーとして、実績を収集するんです。コストドライバーをたくさん設定するほど正しい原価を計算できる、なんて書いてありますけど、めちゃくちゃな話です。実際、一番感度の良いドライバーは一個しかない。それを見つけて、管理することですごい効果が出るんです。原価計算システムはそうやって組上げていきます。そこが、コンサルタントの腕の見せ所でもあり、面白さでもあります。
●会計は会計単体では機能しない
会計は会計単体では機能しない。そこが一番重要だと思っているけど、誰も教えてくれなかった。歯医者は歯の鏡をけずらないでしょ?財務諸表の数値は、会社の実態が鏡に写った姿ですよ。それを僕らは一生懸命削っています。虫歯はビジネスであり業務です、財務諸表ではありません。ビジネスと業務が理解できないと、会計数値の後ろ側に何が潜んでいるか判断がつかないんです。もっと掘り下げれば、結局は人の営み、物の動きです。それが価値を生んでお金に変わっているんです。だから、僕たち会計人は、人の動き、物の動きを、目を皿にして観察すべきだと思います。その動きを数値化したものが管理会計であり、財務会計なのですから。業務を知らない人が会社の中の動きを会計に置き換えることができるはずがない。社会が求めている監査ができるはずもない。会計システムを設計できるはずがないんです。昔の僕のようにね。
●林さんにとって監査とは
誤解を恐れずに言えば、監査は「ラジオ体操」だと思っています。「ラジオ体操」の意味は基礎体力を付けられる、ということです。でも、ここで大事なのは「ラジオ体操」はあくまで「体操」。ずっと続けていてもサッカーは出来るわけないですよね?そして、サッカーをやるにしても、「ポジション」、つまり、専門がある。自分の専門分野を決めて、磨いていくことが重要だと思います。
以前、八田先生が講演で「公認会計士は公認監査士にあらず」と言っていました。それを聞いたとき僕は救われた思いがしましたね。だって今までずっと白い目で見られてきましたからね。(笑)僕が付け加えたいのは、「公認会計士は公認監査士でも、公認税理士でもあらず」と。会計は、業務・ビジネス・経営をきちっと理解しないと分からない。そして、高みに立って、これらをどうとらえ、どう表現し、どう情報として発信し、経営者や投資家の意思決定を支援するか。それを考えて、実現するのが公認会計士のミッションだと僕は思います。
もちろん監査の経験はものすごく活きています。だけど、会計をもっと深く理解するには、ビジネスの中に入っていかなければ分からない。だから、監査をやっていたら監査のスペシャリストにはなれても、会計のスペシャリストにはなれないのではないか、と僕は思います。
●数値の裏を知るためには?
昔、先輩の会計士から「経営の視点をもって監査をやりなさい」って言われました。だけど、今はもう違うかもしれない。一度、会計の世界から飛び出てみる必要があるんじゃないかなと思います。事業会社の中に入り込こんで、外から会計を見つめることで、監査では見えなかったいろんなことが見えてくる、と思いますよ。
●今までの辛かった経験は?
今の仕事で辛いことは無いですね。この仕事をやりだすと土日も関係なく、夢中になれます。でも、若い頃は管理会計が全然分からなかった。管理会計の知識と知識が繋がっていなかったんです。だけど、夢中になって仕事をやっていると、どんどん繋がってきました。そうやって腑に落ちた時は本当に楽しかったですね。
仕事が辛いのは、結局のところその仕事に向いていないからだと、僕は思います。会計士試験に受かった人が全員監査に向いているなんて有り得ないと思うんです。同じように全員が税務好きになるとは限らない。だから、例えるなら、本籍地は公認会計士でも、現住所はどんな仕事でも良いわけです。会計の視点でもって物事を判断できるのが、我々公認会計士の強みなのですから。
●会計はビジネスのためにある
ビジネスやシステムが分からなければ、会計は分かりません。これらが実際にどのように機能しているかは会社に入ってみないと分からない。管理会計の情報の重要性は、実際に使っている人の話を聞くとか、実際に自分で使ってみないと分からないんです。僕はそれが分かるのにかなり時間がかかってしまった。だから、今の人には、10年ぐらいで僕が理解していることを身に着けて欲しいのです。そうすればそこからもっと発展していける。そんな形で貢献したいと思って、書き出したのが「団達也」や「餃子屋とフレンチどちらが儲かるか」シリーズです。
●準会員へメッセージ
「公認会計士は公認監査士にあらず」。しかし、監査や税務のスキルは公認会計士としての前提であることは否定しません。そういった「会計」をコアにして、会社に貢献できないといけない。重要なのは「会計」をコアにすることです。僕は会計に基づいて、経営、システム、業務を考えてきました。そして、そのときの鍵は何かというと、誰にも負けない一級の得意分野を持つことです。きっとすばらしい将来に出会えると思います。夢中になれる得意分野を見つけて頑張って下さい。
(文責:花井 一寛)