冨山 和彦氏
心の中で、自分の軸はどこなのか確認しておかないと
今まで経営共創基盤代表取締役として数多くの企業再生に携わり、様々な経営者に接してきた冨山氏。リーダーに必要なもの、人間性の大切さについてお聞きしました。
JIJAジャーナル特別インタビュー 株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO 冨山 和彦氏
■リーダーの資質
経営者やリーダーの資質は、修羅場になった時の「決断力」だと思います。平和な時は皆の意見を聞いて、一つの妥協点を探して調整すれば良く、無理に白黒つけようとすると事が荒立ってしまいます。極めて深刻な問題に対峙している中で、選択が迫られた時にどう決断するのか。長い将来を見据えて判断しようとすると、世の中の何割かの人が理不尽な目に遭う決断をしなければならないかもしれません。でも、あれもこれもという訳にはいきません。現実にこういう難しい局面では、結果が求められます。だから「決断力」がリーダーの資質だと思うのです。
■日頃の鍛錬
決断力の有無は、自分自身がどれだけ様々な経験をしてきたかだと思います。一番良いのは、決断が迫られる状況下で、実際に物事を決めなければならない立場に立たされることです。そして、日頃から自分の心の中で、自分だったら何ができるかを考え、心の準備をしておくことです。
実際に事が起きた場合、自分で決めて責任を負わなければなりません。後から考えれば「こちらの方が良かった」とはいくらでも言えます。でもその瞬間、決めるべきタイミングで決めなくてはなりません。その時に力になるのはやはり日頃の鍛錬だと思います。
経験を積み上げておかないと、急にそういう場面が来ても対応出来ません。緊急時にアリバイを作っている暇はありません。現場で歯を食いしばって頑張っている人がいるのです。決断が求められるのです。 更に、こういう時に様々なミスやトラブルは、現場で起きます。この時最低なのは、それを指揮している司令官の側が現場を批判することです。現場からすれば必死に戦っているのです。それなのに安全な場所にいる司令官が、現場の監督が甘いとか、けしからんと言うのは言語道断です。将たるものが何を言っていいのか、何を言ってはならないのか、ということを訓練するべきだと思います。
■人のせいにしない
そして、あらゆる自分が関わっていることを人のせいにしない。上司が決めようが誰が決めようが人のせいにしない。上司が間違った意思決定をしても、それを止められなかった自分に責任があるのです。特に悪いのは、部下のせいにすることです。 「愚劣だと思われたくないか否か」というプライドの問題です。そこの選択を若い時から間違えてしまった人は、その後も間違え続けます。卑怯卑劣な大臣や社長もたくさんいます。でも、近くにいる家族、恋人や親友に「結局逃げる卑怯な人なんだな」と思われながら生きるのは嫌ですよね。
修羅場においては、限られた時間の中で整理できなくてはなりません。しかも自己保身の煩悩が冷静な判断力を歪めます。もしそういった修羅場で本当の仕事ができないと、それまでの栄光の人生が、いきなり最低な人生になってしまうのです。その時、人間としての姿勢が問われます。自分の矜持で筋を通して、本来の目的関数に忠実に行動できるか否か。その瞬間身を捨ててでも仲間や地域や会社や国のために一生懸命になった人は、その後一目置かれると思いますよ。
■今回の東日本大震災で経営者がとるべき対応
今回の震災では本当に命が懸かっていました。まさに生きるか死ぬかです。その時、経営者が第一に考えなくてはならないのは、従業員の命です。みんな自分の生命や家族の安全を守りたいって思うものですよね。次に企業体としてこの状況下で守るべき利益と果たすべき責任、日本社会に対して出来ることを考えるべきだと思います。
■会計士としての矜持
会計士は経営者と同じで、自分の意思で忠実に最終判断ができます。その時、最後の一線として自分の矜持を持つべきだと思います。何でも適正意見を表明する人だと思われてはダメですし、逆に全く融通が利かない人でもダメです。何でも杓子定規で全く融通が利かない人は、基準をみれば誰でも同じ結論になる枠でしか行動しない人ですから、会計士として人間としてやっている必要はありません。だからといって、周りの空気を読んでそれに合わせるだけの人も困ります。世の中で本当に役に立つ人は、融通無碍さを持っていながら、別の視点においては明確な矜持を持っている人なのです。
ストライクゾーンは多少動かすことができます。緩めることが人を救うのだと思えば、それは緩めて良いのです。例えば金融危機の時に杓子定規に適正意見は出せませんと言い張っていると、それで会社は資金調達ができなくなり潰れてしまいます。規定がかえって危機を生む、ということです。そういう時は体を張ってでも緩めるべきなのです。
■優秀だと思う会計士
優秀でない人は、何のためにやっているのかという究極目的を見失う人です。全てのプロフェッショナルは人間の幸福のために存在するのです。会計基準もJ-SOXも全部手段です。でも手段と目的を履き違えてしまっている人が結構います。日本の教育は、そういうところはあまり問いません。でも、そもそも何でんなことをやっているのだろうと考え、究極目的を忘れない、心がけられることが優秀な会計士への一歩だと思います。
■引いて考える
目的を見失いそうになった時には少し引いて考えます。そもそも何でこんなことをしているのだろうと。すると大事なこと、もっと大きな次元で、社会全体にとって、人の世の幸福にとってどうかということを見失っている場合が多いのです。引いて考えることで、より高い次元での目的原理を再認識できれば、すべては手段原理に変わってきます。そうすれば、優劣が付けられますし、解決の糸口も見つかります。会計士も同じだと思います。そもそも会計士は何のためにいるのか。会計制度を守るために、世の中の会社が無くなってしまっては意味がありません。会社が経済的持続的に成り立つために、会計制度があるのですよね。
■自分を測る軸
物事の成功や失敗を測る時、自分を何かの軸で評価することがあります。例えば学歴は世の中が決めた軸です。私は世の中が決めた軸は、便利な道具としては使った方が良いと思います。良い学歴って通行手形みたいなもので「こいつ頭いいんじゃないかな」と勘違いしてくれます。でも、それを自分という人間を測る本当の軸としてはいけないと思います。「卑怯者だと思われたくない」というような、自分として、人間として大事にしたい軸ってありますよね。そちらの方が大切だと思います。勿論、他人の評価というのは自分を見る上での鏡になるので参考にはします。ですが、その鏡で見た自分の姿をどう評価するのかは、自分の軸でないといけません。だから、他人がネガティブなことを言ってくれた時、自分の評価に当てはめれば、ひょっとしたらネガティブなことがポジティブになることがあるかもしれません。逆も然り。実際に私自身、マスコミに褒められても「違うな」と思うことがありますし、けなされても「いいポイントついているな」と思うことがあります。他人の評価が自分の評価になってしまってはダメなのです。心の中で自分の軸はどこなのか確認しておかないと。自分の人生を豊かにしていくために、どうしたら良いのかを考えてほしいと思います。
■国際化と共に生きる
日本人として生まれて、日本で教育を受けて、日本の公認会計士試験に合格した皆さんが、これからの国際化の中でどうしたらより良い人生が送れるのかを考えてほしいと思います。これが最終的な目的関数ですよね。企業の活動がグローバルになっている時に、グローバルな枠組みの中で仕事ができないとすれば、活動範囲は狭くなります。ですが、「それでもいいじゃん」というのもありだと思うのです。だって、草津温泉って草津でしかできませんよね。ほとんどの産業はそういう産業ですよ。世の中の産業の7〜8 割は極めて地域密着型の性格を持っています。グローバルスケールで戦わなくてはならないのは、ほんの一部の企業だけです。だから、英語が出来なくてもプロフェッショナルはいますし、英語が出来ても逃げ出す人はいます。国際化という言葉に惑わされずに、最終的な目的関数を忘れないでほしいと思います。
冨山和彦:ボストン・コンサルティング・グループ、コーポレイトディレクション代表取締役社長を経て、産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。機構解散後、経営共創基盤を設立し現在に至る。オムロン社外取締役、ぴあ社外取締役、朝日新聞社社外監査役、財務省・財政投融資に関する基本問題検討会、文部科学省・科学技術・学術審議会基本計画特別委員会委員東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士( MBA)、司法試合格
(文責:藤井 雄介)